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大曽根和美、享年28歳。
新潟産まれ。地元の短大を卒業後上京し、周栄銀行に入社。実直な性格で上司からの評判はすこぶる良好。反面真面目すぎるために融通が利かないと同僚からは陰口をたたかれていた。
上司から見合いの席も用意されていたようだ。
一昨年の十二月、同僚の付きそいでホストクラブに入店。
以後、一人でホストクラブに出入りする姿を同僚に見られている。
一ヶ月後満期前の定期を崩し、さらに半年後多額の借金を理由に両親から絶縁を言い渡される。
悪質な消費者金融をいくつかはしごした記録も残っていた。
会社が終わった後で、キャバクラで働き始めたのもこの頃だ。
ホストにはまった女がたどる最悪へと至る道だ。後はただずるずると、さらに稼ぎの大きい仕事に手を染めていくことになるのが典型なのだが……彼女はそうはしなかった。
二束の草鞋に疲れたのか、それとも金まわりが悪くなったために男に捨てられ事が効いたのか、彼女は命を絶った。
遺書には、家族と会社への謝罪だけが簡素に書かれていた。
男と出会って丁度1年目の事だった。
以上がターゲットの自殺までに至った経緯だ。
都会の魔力に溺れた見本のような人生に、北海道から上京し辛酸を嘗め尽くした過去の自分と重なるものを感じる。
――だからって同情はしねぇがな。
依頼概要がコピーされたA4用紙を弄びながら、足を使って溜まり場の扉を開けた。
「うぃーす」
「行儀悪いわよ、一本槍君」
挨拶に答える声は一つだけだった。呆れと諦めを多分に含んだ声色は聞き間違う事はない。溜まり場、もとい結社の長である柊だ。
いつもどおりのポニーテールに纏められた黒々とした髪と、元は悪くないのだが終始無表情な為に冷たい印象をあたえる顔が出迎えた。
「わりぃわりぃ。団長だけか?」
「見たとおりよ。それより一本槍君は依頼に行くんじゃなかったの?」
「んー、萎えたしダリィ、しかもさみぃからパス」
パイプ椅子に座ると、依頼内容や対象の調査書類といった一式を焼却処分する為に懐からライターを取り出した。
「何を子供みたいな……何かあったの?」
「んー、あれだ、今回のチームの空気が俺にあわねぇ。だから辞退してきた」
「珍しいわね」
「別に俺はバトルジャンキーなわけじゃねぇからな。金は欲しいし実績も欲しいが、だからってソリのあわねぇ連中とまで命張るつもりはねぇよ」
話しながら火をつけようとするのだが、しけっているのかなかなか火が着かない。
柊は無表情の中にも僅かな疑問を浮かべながら此方を見つめている。
「奴ら、標的に同情してやがるんだぜ? 予報士に至っちゃ被害者になるだろう男に対して裁かれて当然の男とまで言いきりやがった。阿呆だな。とんでもねぇ甘ちゃん揃いでゲロが出るわ。大体ホストなんてのは女騙してなんぼの商売だぞ? 一々それで文句言うくらいだったら元から行くんじゃねぇってぇの」
「ちょっと見せてくれる?」
話をしているうちに興味をもったのか、柊がこちらに手を伸ばしてきた。
「珍しくも無いような依頼だぞ?」
「いいのよ、どうせ暇なんだし」
書類を受け取るや黙々と読み始める。代わりに手持ち無沙汰になった一本槍は背もたれに体重をかけて椅子を揺らした。
しばらく柊が紙をめくる音と、椅子の軋む音だけが部屋を埋めた。
「待ち伏せ場所が男のマンションになってるけど、これは誰が言い出したの?」
「あん? 予報士がそこに来るだろうって予報したんだよ」
何か不信な点でも見つかったのか、柊はまじまじと依頼内容を熟読している。作戦内容についてニ三質問しては次第に顔を厳しくしていった。
「ちょっと付き合ってくれるかしら。確かめたいことが出来たわ」
何を思い立ったのか、柊が返事も待たずに結社から飛び出して行く。ほうっておくわけにもいかず追いかけた。
全力疾走にちかい彼女を追いながら学園を飛び出す。学園の敷地内を出てしばらく走ると、なんとなく目的地がわかってきた。近くのワンコイン駐車場だ。
車で移動するということだろう。
そういえば彼女の車を拝見するのは初めてのことだ。心なし好奇心が湧きながら彼女の後についていく。
吹き曝しの駐車場に到着し、いざ彼女の愛車をその目にして一本槍は唖然とした。
「なによ」
「いや、別に」
柊の前にあるのは黒一色のピックアップ、もちろん4WDだ。両脇のセダンが申し訳なさそうに見えるほどに威圧感がある。
――にあわねぇな。
もちろん、藪をつつきたくもないので口には出さない。代わりに無難な所を質問してみた。
「これ、団長の車?」
「そんなわけないでしょ。父の物よ。たまたま今日は帰りがけに買出しを頼まれてたから乗ってきただけよ」
応えながら柊が運転席に納まる。
借り物と聞いて多少納得したものはあったものの、やはり彼女とこの車の不似合いさは異常だった。
「早く乗りなさい」
「あ、ああ」
一本槍が乗り込むのを確認すると、黒塗りのデカブツは意外に静かな挙動で駐車場を抜け出した。
柊がラジオをつけると女性ボーカルの洋楽が流れだした。だいぶ昔にはやった曲で、男に振られた女が延々と泣き言を繰り返すという鬱々とした内容だったはずだ。あまりに空気を読みすぎている選曲に一本槍はげんなりとした。
「で、いきなりなんだよ。どこに向かうんだ?」
「もちろん現場に決まってるじゃない」
さも当然という風に切り返された。半ば予想していた答えにため息が漏れる。
「おいおい、俺はもうこの依頼とは無関係なんだぜ?」
学園は依頼と無関係な者が現場付近で行動することを禁止している。下手に手出しをされて場が混乱するのを防ぐためだ。もちろん罰則もある。程度にもよるが軽くて謹慎、最悪イグニッションカードの一時没収もありえた。
「知ってるわよ。ただ失敗の可能性が有るのなら、それを助けるのが義務だと思わない?」
「失敗する? いやまぁ確かに甘ちゃんだと言ったが、連中腕は確かだと思うぜ」
「いくら能力者として優れてても作戦自体が破綻してたら、どうしようもないわ」
「なんだそりゃ」
「すぐわかるわよ」
これ以上は語らない、横顔がそう語っていた。一本槍は仕方無しにシートを倒し陰気な歌声に耳をかたむけた。
高速を乗りついで数時間、歌舞伎町の目的地近辺まで着く頃にはすっかり日が暮れていた。
「どうして首都高ってこうややこしいのかしらね」
「さぁな。都民でも使いこなしてるヤツが稀っちゅうくらいだ。案外何も考えないで作ってるんじゃねぇの?」
運転手である柊は愚痴をいいつつもどこか上機嫌だ。なんのかんの言って運転を楽しんでいるのだろう。
「で、どうすんだよ」
「とりあえずくだんのホストクラブに行ってみるわ。一本槍君はここで待機してて」
「は? え、ちょっおま」
止める間も無く柊は猫のようにするりと活気付き初めた夜の繁華街に消えていった。
「ったく、未成年がホストクラブとか、優等生様のやることじゃねぇぞ」
助手席から降りるとピックアップに寄りかかり煙草に火をつけた。柊の前では我慢していただけに殊更に美味い。
紫煙を飲みながらあたりを見回した。
日本人とは一回りも体躯の違う黒人が闊歩していた。黒服の男はキャバクラの呼び込みだろう。際どい服をまとった東南アジア系の女が扇情的に道を歩いて行く。一時期に比べれば格段に減ったが中国、韓国あたりの人間も確かに居た。
人種の坩堝、人生の吹き溜まり。酒と女と暴力、拭い難いすえた臭いを漂わせながら虚無を孕んだ活気が渦巻いている。一本槍が去った時となんら変わってはいなかった。
「腐ってんな」
未だにこの界隈の空気の方が居心地が良いと感じてしまう自身も、また。
力なく笑った。所詮自分はチンピラ止まりの穀潰しだ。戦闘者として優秀でもなく、まっとうな人間にもなれない半端者。煙草の酩酊感でも使わなければ、惨めな自分に喉を掻き毟ってしまいたくなる。
今更ながらに気付いた。依頼を蹴ったのは、何よりこの街に戻ってくるのを、学園に入学する前となんら変化のない自分を目の当たりにするのを恐れたからだ。
「クソッたれ」
煙草を落とすと苛立ちにまかせて踏み消し、すぐに新しいものを取り出し火をつけた。
一箱近く消費した頃に戻ってきた柊は、足元に散乱した吸殻に眉を顰めた。
「それ、拾いなさい。終わったらすぐ出るわよ」
けばけばしいネオンをぼうっと眺めながら聞く彼女の声は、どこか別の世界から響く言葉のようだ。
「どこにだ?」
「すぐ近くよ。ほら、なに気が抜けた顔してるの。急ぎなさい」
吸殻の始末をして、助手席に乗ると柊は無言でアクセルを踏んだ。
到着したのは都内にある高層マンションだった。マンション名はすでに焼却した書類の中の物と合致した。
確か被害者になるであろうホスト、藤堂修二の一番の太客にして某上場企業の社長婦人が住んでいる場所だ。
港区の閑静な住宅地にそびえるマンションは、一時期話題になったものだ。他の建物と比べても一層大きく、まさしく富を手中に収めたものだけが住むべき場所という雰囲気がある。
流石というべきか、彼女がすんでいるマンションは警備がしっかりしていた。窓ガラス一枚わっただけで契約している警備会社の社員がすっとんでくるだろう。ゴーストには関係のない話だが。
柊が運転する車の中でその巨大なマンションを見上げた。
「くそでけぇよなぁ。こんなん幾ら払えば住めるんかね」
「さあ。少なくとも私の家を売ったところで無理なんじゃないかしらね」
「けっ、ブルジョワジーめ」
「あまり長居も出来なわね。さっき通ったとき警備の人間がこっちを見たわ。次もう一回通ったら確実にマークされるでしょうね」
柊がハンドルを切った。無用なトラブルを避けるために周回範囲を一区画大きくとるらしい。
「めんどいな。ここで貼るよりあのホストの寮のほうがよっぽど楽じゃねぇの」
「楽かどうかの問題じゃないわ。ゴーストは男より、たぶん先にここに来る」
「根拠は?」
「客観的に見た女の習性ってヤツかしらね」
「カン、じゃねぇんだ」
「そんなあやふやなものじゃないわよ」
「しかしなぁ、標的は男に捨てられたからそれを恨んで化けて出たんだろ? なんで男の元へいかねぇで関係ない女のとこに来るよ」
「男に捨てられた後に死んだのは確かだけど、彼を恨んでたっていうのは予報士の憶測ね」
運命予報士、などと大層な名前が付いているが、実際彼らは怪異がどこで発生したかそれを見る程度のことしか出来ない。対象が何をもって化け物に堕ちたのか、その目的は何なのか、それらは学園に出資している裕福層子飼いの調査機関と、能力者の合同チームが調べ上げる。そうやって集まった膨大な情報を纏め上げ、予測を立てるのが予報士の仕事。未来の予知などというご都合主義な事は今のところ誰にもできていない。
柊は会話をしながら、巨大マンションを周回し始める。死人嗅ぎを使いながら索敵、殲滅を狙ってのことだ。
ダッシュボードから周辺地図を膝の上に広げると、一本槍は死人嗅ぎに意識を集中させた。
「彼女は藤堂修二の今一番の客よ。そして、彼女が藤堂に入れあげ始めた時期と、大曽根和美が自殺した時期は一致する。標的が蘇ってまず一番にすることは男を殺すことではなく、男を自分から奪った女への復讐なんじゃないかしら」
「おかしな話だな。ゴースト女が切られたのは金が無くなったからで、この女は無関係じゃねぇか。逆恨み通り越してまったくの筋違いだろ」
「もっともな理屈ね。でも、それって男の考えであって女の感じ方じゃないと思うわ」
「意外だな。あんたからそんな言葉を聞くとは」
「ただの受け売りよ」
どれほどそうして流していただろうか、唐突に脳髄を溶かす甘さが香った。
間違えようも無い。ゴーストの臭いだ。
「マジかよ……本当に来やがった。六時方向!」
「しっかり掴まってて!」
他に車両が居ないのをいい事に柊がハンドルを大きくきった。タイヤの悲鳴が高く響き、加速のついた重量級のピックアップが反転した。
慌てて膝に広げていたロードマップに目を落とす。現在地から臭いの方向へ直線で三kmの地点を探し出した。次いでそこから、標的が向かうであろうマンションまでのルートを割り出す。
成りたてのゴーストは生前の習性を多く引き摺るものだ。筋力的には屋根伝いに跳んでいける者でも、律儀に道路を使ったり裏道を避けたりもする。要は思考が人間のままなのだ。
寄り道をしないと仮定してマンションへの最短距離は、
「どう?」
「捉えたぜ。次の十字路、右だ」
入り組んだ道をえっちらおっちらとクリアーしていく。女性は運転下手などという統計があったが、柊もご多分に漏れずということだろうか。
何度か車体を擦るのではないかと冷や冷やする場面もありながらしばらく走った。
「見つけた」
精々二台の車が抜けられる程の狭い路地をふらふらと歩くOL風の女性を発見した。見ようによっては飲み会帰りの一般人に見えなくも無いが、一本槍の嗅覚はすでにどこから臭うかもわからぬ程の悪臭を感じていた。
背後から背格好を、徐行しながら追い越しざま顔を確認する。生前の写真、それから予報士によってモンタージュされた物と完全に一致した。
近くの家の前に寄せて一旦エンジンを切る。
「人気の無い場所に入ったら速攻で決めるわよ」
「まかしとけ」
少数での任務は奇襲で押し切るのが常套。
お互い無言でイグニッションをすますと、今度は無灯火で距離を取ってゴーストの後をつけた。
「次のエル字、曲がったらいけるぜ」
獲物を襲う直前の肉食獣のように、気配を最小限に抑えながら車が進む。
角を曲がった瞬間、暗闇をピックアップのハイビームが切り裂く。白々と照らされた標的に向かって柊がアクセルをベタ踏みした。
標的が背後からせまる車に気がつき道の端によった。脇を通り抜けると、ステアリングをきりながら急制動をかけて道を塞いた。
車から降りる時間すら惜しい。一本槍は全開にした窓からライフルの銃口を突き出した。
自分の内奥に向かって暴力の解放を促す。産毛が総毛立ち、集中力が飛躍的に高まる。体が力の奔流に歓喜しておこりにかかったように震えた。
出し惜しみはしない。
自分の力の全てを注ぎ込むイメージで引き金を引く。
車に道を塞がれて何事かと立ち止まっていた標的に十字架型の文様が現れ、その中心に向かってフルオートで吐き出された弾丸が吸い込まれていく。
咄嗟に避けきれるものではない。無様なダンスを踊りながらもう標的は吹っ飛んだ。
不意の強襲に咄嗟に対応できるものは限られている。それが超常の力を手に入れたとはいえ、ついこの前まで一般人であった女にはどだい無理な話だった。
あまりの容易さに一本槍は肩透かしを食らったような気持ちになった。
――あっけねぇもんだ。
弾丸が当たった瞬間にもう鼻に纏わりつく甘い臭いは消え去っていた。とりもなおさずそれはゴーストの死を意味する。
死体袋の準備を指示しようと柊に向かって首を向けた。
「まだよっ!」
柊の言葉が先か、それとも痛みが先か、一本槍は首に尋常ではない圧力を感じた。思わず蛙が潰れたような悲鳴が口から出る。視線を戻すと目の前に内臓を垂れ流し腕を一本失った標的が立っていた。
何故まだ動けるのか、疑問は絞められた首を通って掠れた喘ぎに化けた。
抵抗する暇もなく力任せに車から引き摺り下ろされて、高々と腕の長さの限りに吊り上げられたかと思うと、勢いよくアスファルトに叩きつけられた。
頭蓋骨が軋む程の痛みに自然と涙が滲んで視界がぶれる。苦痛が食いしばった歯の間から漏れた。
激痛につい瞼を閉じると同時に浮遊感、次いで衝撃。また同じ攻撃を受けたのだろうと朦朧とした意識で認識した。
途切れかける意識をなんとか手繰り寄せて目を見開くと、標的の濁った瞳と目が合った。
――こいつ、もう。
生きていないと、ただ一合しただけで悟った。
元から死んで常世の理念から外れている彼らだが、それでもなんらかの気配というものがある。テレビがついているのがなんとなく判る感覚に似ている。それがもう標的には感じられなかった。
現に甘ったるいゴースト特有の臭いがしない。
標的の体を動かしているのは心臓から送られる血液でも、銀色の雨がもたらす呪いでもない、別の何かだ。
背筋に悪寒が走った。
敵わない。
本能が警鐘を鳴らす。萎え始めている力を振り絞って首を掴んでいる手を振り解こうとした刹那、鋭い呼気と共に標的の体が先ほどの焼き増しよのうに派手に宙を舞った。数mをほぼ地面と平行に吹き飛ぶと、ブロック塀に激突してようやく止まる。
「なにしてんのよ、まったく」
あっけにとられていると、柊が抜き身の刀を油断無く構えながら近寄ってきた。彼女の姿を見て、今のが牙道砲による遠距離支援であったことに気がついた。
「倒したと思う?」
「わかんねぇ。俺の攻撃が当たった時点でゴーストの臭いは……消えてた」
自分自身今起こったことが信じられない。臭いの消えたゴーストが動き回るなど前代未聞だった。
「そう。サポート、頼める?」
「ああ」
よろめきながら立ち上がると、射線を柊から外して標的にすえる。
柊がいつでも攻撃できる姿勢で標的に近づいた。
まずぎりぎりの間合いから浅く切りつける。反応は無い。
一歩踏み込みつつ、剣先を体に埋める。またも反応無し。
リビングデッドがいまだ活動するかどうかの判定は困難を極める。生きた人間ならば、金的、眼球、などの急所を棒で突けば確実に反応するのだが、元が死体だ。呼吸も脈拍もなければ、痛みに反応するのかも曖昧だ。
一番手堅い方法はゾンビハンターを同行させて臭いを嗅がせればいい。それが出来ない場合は両手両足を切断して、生きていたとしても行動が出来ないようにしてしまうのが手っ取り早い。
臭いでは判別できないならば、気は進まないが死体をバラしてしまった方が安全だろう。柊も同じ事を考えていたのか、一瞬だけ此方に視線をくれると小さくうなずいた。得物を一閃して、首と残った四肢を切断する。
足元まで転がってきた女の白濁した瞳が、一本槍をひたりと見つめていた。
鎌倉に向けて走っている。
休むことを知らない血液のように、夜のハイウェイは車のライトがひっきりなしに流れていた。
荷台には別々の袋に詰められた標的の残骸が納まっていた。
「なぁ、アレ、なんだったんだろうな」
「知らないわよ」
一仕事終えた後、戦闘の緊張感が解けたにも関わらず、柊の表情は冴えなかった。おそらく自分も同じような顔をしているのだろう。
「手ごたえもあった。臭いも消えてた。なのにアイツは立ち上がって、俺を殺しに来た」
応えを期待したわけではない。ただ理解不能な不安をどうにかする為だけに呟いた。
「女の執念」
「あん?」
「昔から化けて出るのは女性の方が圧倒的に多いわ。たぶん、そういう事なんじゃないの」
「怪談の世界の話じゃねぇか」
「おかしな話でもないでしょ。普通の人からみたらゴーストなんていう存在自体が眉唾物なのよ。ゴースト反応のまったくない化け物が出てきたって私は驚かないわ」
まったく未知の存在。一般人が幽霊と呼ぶような存在を、背後の死体袋から感じたような気がして一本槍は怖気に身を奮わせた。
「ぞっとしねぇな」
互いにひきつった笑いを浮かべ、不安を引き離そうとするように車が加速した。
都心を離れるごとに濃くなっていく闇が、この先を暗示しているように感じられた。
上司から見合いの席も用意されていたようだ。
一昨年の十二月、同僚の付きそいでホストクラブに入店。
以後、一人でホストクラブに出入りする姿を同僚に見られている。
一ヶ月後満期前の定期を崩し、さらに半年後多額の借金を理由に両親から絶縁を言い渡される。
悪質な消費者金融をいくつかはしごした記録も残っていた。
会社が終わった後で、キャバクラで働き始めたのもこの頃だ。
ホストにはまった女がたどる最悪へと至る道だ。後はただずるずると、さらに稼ぎの大きい仕事に手を染めていくことになるのが典型なのだが……彼女はそうはしなかった。
二束の草鞋に疲れたのか、それとも金まわりが悪くなったために男に捨てられ事が効いたのか、彼女は命を絶った。
遺書には、家族と会社への謝罪だけが簡素に書かれていた。
男と出会って丁度1年目の事だった。
以上がターゲットの自殺までに至った経緯だ。
都会の魔力に溺れた見本のような人生に、北海道から上京し辛酸を嘗め尽くした過去の自分と重なるものを感じる。
――だからって同情はしねぇがな。
依頼概要がコピーされたA4用紙を弄びながら、足を使って溜まり場の扉を開けた。
「うぃーす」
「行儀悪いわよ、一本槍君」
挨拶に答える声は一つだけだった。呆れと諦めを多分に含んだ声色は聞き間違う事はない。溜まり場、もとい結社の長である柊だ。
いつもどおりのポニーテールに纏められた黒々とした髪と、元は悪くないのだが終始無表情な為に冷たい印象をあたえる顔が出迎えた。
「わりぃわりぃ。団長だけか?」
「見たとおりよ。それより一本槍君は依頼に行くんじゃなかったの?」
「んー、萎えたしダリィ、しかもさみぃからパス」
パイプ椅子に座ると、依頼内容や対象の調査書類といった一式を焼却処分する為に懐からライターを取り出した。
「何を子供みたいな……何かあったの?」
「んー、あれだ、今回のチームの空気が俺にあわねぇ。だから辞退してきた」
「珍しいわね」
「別に俺はバトルジャンキーなわけじゃねぇからな。金は欲しいし実績も欲しいが、だからってソリのあわねぇ連中とまで命張るつもりはねぇよ」
話しながら火をつけようとするのだが、しけっているのかなかなか火が着かない。
柊は無表情の中にも僅かな疑問を浮かべながら此方を見つめている。
「奴ら、標的に同情してやがるんだぜ? 予報士に至っちゃ被害者になるだろう男に対して裁かれて当然の男とまで言いきりやがった。阿呆だな。とんでもねぇ甘ちゃん揃いでゲロが出るわ。大体ホストなんてのは女騙してなんぼの商売だぞ? 一々それで文句言うくらいだったら元から行くんじゃねぇってぇの」
「ちょっと見せてくれる?」
話をしているうちに興味をもったのか、柊がこちらに手を伸ばしてきた。
「珍しくも無いような依頼だぞ?」
「いいのよ、どうせ暇なんだし」
書類を受け取るや黙々と読み始める。代わりに手持ち無沙汰になった一本槍は背もたれに体重をかけて椅子を揺らした。
しばらく柊が紙をめくる音と、椅子の軋む音だけが部屋を埋めた。
「待ち伏せ場所が男のマンションになってるけど、これは誰が言い出したの?」
「あん? 予報士がそこに来るだろうって予報したんだよ」
何か不信な点でも見つかったのか、柊はまじまじと依頼内容を熟読している。作戦内容についてニ三質問しては次第に顔を厳しくしていった。
「ちょっと付き合ってくれるかしら。確かめたいことが出来たわ」
何を思い立ったのか、柊が返事も待たずに結社から飛び出して行く。ほうっておくわけにもいかず追いかけた。
全力疾走にちかい彼女を追いながら学園を飛び出す。学園の敷地内を出てしばらく走ると、なんとなく目的地がわかってきた。近くのワンコイン駐車場だ。
車で移動するということだろう。
そういえば彼女の車を拝見するのは初めてのことだ。心なし好奇心が湧きながら彼女の後についていく。
吹き曝しの駐車場に到着し、いざ彼女の愛車をその目にして一本槍は唖然とした。
「なによ」
「いや、別に」
柊の前にあるのは黒一色のピックアップ、もちろん4WDだ。両脇のセダンが申し訳なさそうに見えるほどに威圧感がある。
――にあわねぇな。
もちろん、藪をつつきたくもないので口には出さない。代わりに無難な所を質問してみた。
「これ、団長の車?」
「そんなわけないでしょ。父の物よ。たまたま今日は帰りがけに買出しを頼まれてたから乗ってきただけよ」
応えながら柊が運転席に納まる。
借り物と聞いて多少納得したものはあったものの、やはり彼女とこの車の不似合いさは異常だった。
「早く乗りなさい」
「あ、ああ」
一本槍が乗り込むのを確認すると、黒塗りのデカブツは意外に静かな挙動で駐車場を抜け出した。
柊がラジオをつけると女性ボーカルの洋楽が流れだした。だいぶ昔にはやった曲で、男に振られた女が延々と泣き言を繰り返すという鬱々とした内容だったはずだ。あまりに空気を読みすぎている選曲に一本槍はげんなりとした。
「で、いきなりなんだよ。どこに向かうんだ?」
「もちろん現場に決まってるじゃない」
さも当然という風に切り返された。半ば予想していた答えにため息が漏れる。
「おいおい、俺はもうこの依頼とは無関係なんだぜ?」
学園は依頼と無関係な者が現場付近で行動することを禁止している。下手に手出しをされて場が混乱するのを防ぐためだ。もちろん罰則もある。程度にもよるが軽くて謹慎、最悪イグニッションカードの一時没収もありえた。
「知ってるわよ。ただ失敗の可能性が有るのなら、それを助けるのが義務だと思わない?」
「失敗する? いやまぁ確かに甘ちゃんだと言ったが、連中腕は確かだと思うぜ」
「いくら能力者として優れてても作戦自体が破綻してたら、どうしようもないわ」
「なんだそりゃ」
「すぐわかるわよ」
これ以上は語らない、横顔がそう語っていた。一本槍は仕方無しにシートを倒し陰気な歌声に耳をかたむけた。
高速を乗りついで数時間、歌舞伎町の目的地近辺まで着く頃にはすっかり日が暮れていた。
「どうして首都高ってこうややこしいのかしらね」
「さぁな。都民でも使いこなしてるヤツが稀っちゅうくらいだ。案外何も考えないで作ってるんじゃねぇの?」
運転手である柊は愚痴をいいつつもどこか上機嫌だ。なんのかんの言って運転を楽しんでいるのだろう。
「で、どうすんだよ」
「とりあえずくだんのホストクラブに行ってみるわ。一本槍君はここで待機してて」
「は? え、ちょっおま」
止める間も無く柊は猫のようにするりと活気付き初めた夜の繁華街に消えていった。
「ったく、未成年がホストクラブとか、優等生様のやることじゃねぇぞ」
助手席から降りるとピックアップに寄りかかり煙草に火をつけた。柊の前では我慢していただけに殊更に美味い。
紫煙を飲みながらあたりを見回した。
日本人とは一回りも体躯の違う黒人が闊歩していた。黒服の男はキャバクラの呼び込みだろう。際どい服をまとった東南アジア系の女が扇情的に道を歩いて行く。一時期に比べれば格段に減ったが中国、韓国あたりの人間も確かに居た。
人種の坩堝、人生の吹き溜まり。酒と女と暴力、拭い難いすえた臭いを漂わせながら虚無を孕んだ活気が渦巻いている。一本槍が去った時となんら変わってはいなかった。
「腐ってんな」
未だにこの界隈の空気の方が居心地が良いと感じてしまう自身も、また。
力なく笑った。所詮自分はチンピラ止まりの穀潰しだ。戦闘者として優秀でもなく、まっとうな人間にもなれない半端者。煙草の酩酊感でも使わなければ、惨めな自分に喉を掻き毟ってしまいたくなる。
今更ながらに気付いた。依頼を蹴ったのは、何よりこの街に戻ってくるのを、学園に入学する前となんら変化のない自分を目の当たりにするのを恐れたからだ。
「クソッたれ」
煙草を落とすと苛立ちにまかせて踏み消し、すぐに新しいものを取り出し火をつけた。
一箱近く消費した頃に戻ってきた柊は、足元に散乱した吸殻に眉を顰めた。
「それ、拾いなさい。終わったらすぐ出るわよ」
けばけばしいネオンをぼうっと眺めながら聞く彼女の声は、どこか別の世界から響く言葉のようだ。
「どこにだ?」
「すぐ近くよ。ほら、なに気が抜けた顔してるの。急ぎなさい」
吸殻の始末をして、助手席に乗ると柊は無言でアクセルを踏んだ。
到着したのは都内にある高層マンションだった。マンション名はすでに焼却した書類の中の物と合致した。
確か被害者になるであろうホスト、藤堂修二の一番の太客にして某上場企業の社長婦人が住んでいる場所だ。
港区の閑静な住宅地にそびえるマンションは、一時期話題になったものだ。他の建物と比べても一層大きく、まさしく富を手中に収めたものだけが住むべき場所という雰囲気がある。
流石というべきか、彼女がすんでいるマンションは警備がしっかりしていた。窓ガラス一枚わっただけで契約している警備会社の社員がすっとんでくるだろう。ゴーストには関係のない話だが。
柊が運転する車の中でその巨大なマンションを見上げた。
「くそでけぇよなぁ。こんなん幾ら払えば住めるんかね」
「さあ。少なくとも私の家を売ったところで無理なんじゃないかしらね」
「けっ、ブルジョワジーめ」
「あまり長居も出来なわね。さっき通ったとき警備の人間がこっちを見たわ。次もう一回通ったら確実にマークされるでしょうね」
柊がハンドルを切った。無用なトラブルを避けるために周回範囲を一区画大きくとるらしい。
「めんどいな。ここで貼るよりあのホストの寮のほうがよっぽど楽じゃねぇの」
「楽かどうかの問題じゃないわ。ゴーストは男より、たぶん先にここに来る」
「根拠は?」
「客観的に見た女の習性ってヤツかしらね」
「カン、じゃねぇんだ」
「そんなあやふやなものじゃないわよ」
「しかしなぁ、標的は男に捨てられたからそれを恨んで化けて出たんだろ? なんで男の元へいかねぇで関係ない女のとこに来るよ」
「男に捨てられた後に死んだのは確かだけど、彼を恨んでたっていうのは予報士の憶測ね」
運命予報士、などと大層な名前が付いているが、実際彼らは怪異がどこで発生したかそれを見る程度のことしか出来ない。対象が何をもって化け物に堕ちたのか、その目的は何なのか、それらは学園に出資している裕福層子飼いの調査機関と、能力者の合同チームが調べ上げる。そうやって集まった膨大な情報を纏め上げ、予測を立てるのが予報士の仕事。未来の予知などというご都合主義な事は今のところ誰にもできていない。
柊は会話をしながら、巨大マンションを周回し始める。死人嗅ぎを使いながら索敵、殲滅を狙ってのことだ。
ダッシュボードから周辺地図を膝の上に広げると、一本槍は死人嗅ぎに意識を集中させた。
「彼女は藤堂修二の今一番の客よ。そして、彼女が藤堂に入れあげ始めた時期と、大曽根和美が自殺した時期は一致する。標的が蘇ってまず一番にすることは男を殺すことではなく、男を自分から奪った女への復讐なんじゃないかしら」
「おかしな話だな。ゴースト女が切られたのは金が無くなったからで、この女は無関係じゃねぇか。逆恨み通り越してまったくの筋違いだろ」
「もっともな理屈ね。でも、それって男の考えであって女の感じ方じゃないと思うわ」
「意外だな。あんたからそんな言葉を聞くとは」
「ただの受け売りよ」
どれほどそうして流していただろうか、唐突に脳髄を溶かす甘さが香った。
間違えようも無い。ゴーストの臭いだ。
「マジかよ……本当に来やがった。六時方向!」
「しっかり掴まってて!」
他に車両が居ないのをいい事に柊がハンドルを大きくきった。タイヤの悲鳴が高く響き、加速のついた重量級のピックアップが反転した。
慌てて膝に広げていたロードマップに目を落とす。現在地から臭いの方向へ直線で三kmの地点を探し出した。次いでそこから、標的が向かうであろうマンションまでのルートを割り出す。
成りたてのゴーストは生前の習性を多く引き摺るものだ。筋力的には屋根伝いに跳んでいける者でも、律儀に道路を使ったり裏道を避けたりもする。要は思考が人間のままなのだ。
寄り道をしないと仮定してマンションへの最短距離は、
「どう?」
「捉えたぜ。次の十字路、右だ」
入り組んだ道をえっちらおっちらとクリアーしていく。女性は運転下手などという統計があったが、柊もご多分に漏れずということだろうか。
何度か車体を擦るのではないかと冷や冷やする場面もありながらしばらく走った。
「見つけた」
精々二台の車が抜けられる程の狭い路地をふらふらと歩くOL風の女性を発見した。見ようによっては飲み会帰りの一般人に見えなくも無いが、一本槍の嗅覚はすでにどこから臭うかもわからぬ程の悪臭を感じていた。
背後から背格好を、徐行しながら追い越しざま顔を確認する。生前の写真、それから予報士によってモンタージュされた物と完全に一致した。
近くの家の前に寄せて一旦エンジンを切る。
「人気の無い場所に入ったら速攻で決めるわよ」
「まかしとけ」
少数での任務は奇襲で押し切るのが常套。
お互い無言でイグニッションをすますと、今度は無灯火で距離を取ってゴーストの後をつけた。
「次のエル字、曲がったらいけるぜ」
獲物を襲う直前の肉食獣のように、気配を最小限に抑えながら車が進む。
角を曲がった瞬間、暗闇をピックアップのハイビームが切り裂く。白々と照らされた標的に向かって柊がアクセルをベタ踏みした。
標的が背後からせまる車に気がつき道の端によった。脇を通り抜けると、ステアリングをきりながら急制動をかけて道を塞いた。
車から降りる時間すら惜しい。一本槍は全開にした窓からライフルの銃口を突き出した。
自分の内奥に向かって暴力の解放を促す。産毛が総毛立ち、集中力が飛躍的に高まる。体が力の奔流に歓喜しておこりにかかったように震えた。
出し惜しみはしない。
自分の力の全てを注ぎ込むイメージで引き金を引く。
車に道を塞がれて何事かと立ち止まっていた標的に十字架型の文様が現れ、その中心に向かってフルオートで吐き出された弾丸が吸い込まれていく。
咄嗟に避けきれるものではない。無様なダンスを踊りながらもう標的は吹っ飛んだ。
不意の強襲に咄嗟に対応できるものは限られている。それが超常の力を手に入れたとはいえ、ついこの前まで一般人であった女にはどだい無理な話だった。
あまりの容易さに一本槍は肩透かしを食らったような気持ちになった。
――あっけねぇもんだ。
弾丸が当たった瞬間にもう鼻に纏わりつく甘い臭いは消え去っていた。とりもなおさずそれはゴーストの死を意味する。
死体袋の準備を指示しようと柊に向かって首を向けた。
「まだよっ!」
柊の言葉が先か、それとも痛みが先か、一本槍は首に尋常ではない圧力を感じた。思わず蛙が潰れたような悲鳴が口から出る。視線を戻すと目の前に内臓を垂れ流し腕を一本失った標的が立っていた。
何故まだ動けるのか、疑問は絞められた首を通って掠れた喘ぎに化けた。
抵抗する暇もなく力任せに車から引き摺り下ろされて、高々と腕の長さの限りに吊り上げられたかと思うと、勢いよくアスファルトに叩きつけられた。
頭蓋骨が軋む程の痛みに自然と涙が滲んで視界がぶれる。苦痛が食いしばった歯の間から漏れた。
激痛につい瞼を閉じると同時に浮遊感、次いで衝撃。また同じ攻撃を受けたのだろうと朦朧とした意識で認識した。
途切れかける意識をなんとか手繰り寄せて目を見開くと、標的の濁った瞳と目が合った。
――こいつ、もう。
生きていないと、ただ一合しただけで悟った。
元から死んで常世の理念から外れている彼らだが、それでもなんらかの気配というものがある。テレビがついているのがなんとなく判る感覚に似ている。それがもう標的には感じられなかった。
現に甘ったるいゴースト特有の臭いがしない。
標的の体を動かしているのは心臓から送られる血液でも、銀色の雨がもたらす呪いでもない、別の何かだ。
背筋に悪寒が走った。
敵わない。
本能が警鐘を鳴らす。萎え始めている力を振り絞って首を掴んでいる手を振り解こうとした刹那、鋭い呼気と共に標的の体が先ほどの焼き増しよのうに派手に宙を舞った。数mをほぼ地面と平行に吹き飛ぶと、ブロック塀に激突してようやく止まる。
「なにしてんのよ、まったく」
あっけにとられていると、柊が抜き身の刀を油断無く構えながら近寄ってきた。彼女の姿を見て、今のが牙道砲による遠距離支援であったことに気がついた。
「倒したと思う?」
「わかんねぇ。俺の攻撃が当たった時点でゴーストの臭いは……消えてた」
自分自身今起こったことが信じられない。臭いの消えたゴーストが動き回るなど前代未聞だった。
「そう。サポート、頼める?」
「ああ」
よろめきながら立ち上がると、射線を柊から外して標的にすえる。
柊がいつでも攻撃できる姿勢で標的に近づいた。
まずぎりぎりの間合いから浅く切りつける。反応は無い。
一歩踏み込みつつ、剣先を体に埋める。またも反応無し。
リビングデッドがいまだ活動するかどうかの判定は困難を極める。生きた人間ならば、金的、眼球、などの急所を棒で突けば確実に反応するのだが、元が死体だ。呼吸も脈拍もなければ、痛みに反応するのかも曖昧だ。
一番手堅い方法はゾンビハンターを同行させて臭いを嗅がせればいい。それが出来ない場合は両手両足を切断して、生きていたとしても行動が出来ないようにしてしまうのが手っ取り早い。
臭いでは判別できないならば、気は進まないが死体をバラしてしまった方が安全だろう。柊も同じ事を考えていたのか、一瞬だけ此方に視線をくれると小さくうなずいた。得物を一閃して、首と残った四肢を切断する。
足元まで転がってきた女の白濁した瞳が、一本槍をひたりと見つめていた。
鎌倉に向けて走っている。
休むことを知らない血液のように、夜のハイウェイは車のライトがひっきりなしに流れていた。
荷台には別々の袋に詰められた標的の残骸が納まっていた。
「なぁ、アレ、なんだったんだろうな」
「知らないわよ」
一仕事終えた後、戦闘の緊張感が解けたにも関わらず、柊の表情は冴えなかった。おそらく自分も同じような顔をしているのだろう。
「手ごたえもあった。臭いも消えてた。なのにアイツは立ち上がって、俺を殺しに来た」
応えを期待したわけではない。ただ理解不能な不安をどうにかする為だけに呟いた。
「女の執念」
「あん?」
「昔から化けて出るのは女性の方が圧倒的に多いわ。たぶん、そういう事なんじゃないの」
「怪談の世界の話じゃねぇか」
「おかしな話でもないでしょ。普通の人からみたらゴーストなんていう存在自体が眉唾物なのよ。ゴースト反応のまったくない化け物が出てきたって私は驚かないわ」
まったく未知の存在。一般人が幽霊と呼ぶような存在を、背後の死体袋から感じたような気がして一本槍は怖気に身を奮わせた。
「ぞっとしねぇな」
互いにひきつった笑いを浮かべ、不安を引き離そうとするように車が加速した。
都心を離れるごとに濃くなっていく闇が、この先を暗示しているように感じられた。
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