[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
佐々木祥子は深い怒りと絶望の中、能力に目覚めた。
たった1人の家族、物心付く前に死別した母に代わり男手ひとつで育ててくれた父親を、病院のベッドで看取ったその瞬間に目覚めたのだ。
『オヤジ狩り』そう言われる若者たちの無軌道な所業により、彼女のもっとも愛した肉親はこの世を去った。
最初に疑問が浮かぶ。何故、父が死ななければならないのか。
次いで恐怖。この広い世界に1人きりで、自分はどう生きていけばいいのか。
そして最後に憎悪。肉親を奪いとった理不尽な『悪』に対する身も焦がすような怒り。
――殺してやる。
父親の遺骸に縋りつき、絶望と憎悪に慟哭しながら、少女は復讐の力を手に入れた。
復讐は、あまりにもあっけなく済んだ。警察が見つけるより早く犯人を見つけた彼女はあっさりとその命を奪った。怒りに身を焦がし、されど心は氷よりも冷たく、振り下ろした鉄パイプは若者たちの頭を砕き、喉を潰し、臓腑を抉った。
復讐は成った。だが、少女の心に去来するものは歓喜ではなく虚しさだった。
――私の父を奪ったのに、あんなにも悲しかったのに、なぜこいつらはこんなにも弱い。
能力者にとって生物として弱すぎる彼らでは、少女の怒りを受け止めるにはあまりに役不足であった。
――違う。こいつらじゃ無い。
そう結論付けるまで大した時間はかからなかった。
自分が殺した若者たちが犯人であるという事実から、少女は目を逸らした。そうでなければ、この虚無感に押しつぶされそうだった。
怒りの矛先を、居もしない真犯人を探して、佐々木祥子は力を振るう。
能力に目覚めてから初めて、佐々木は怖いと思った。
自分たちを襲った無数の弾丸と、数多の銃を統べる1人の男、その圧倒的な力に恐怖したのだ。
沼瀬の言葉に従って走り出したのは半ば本能的な物だった。逃げなければ殺される、そう感じたのだ。
持てる力を全て出して、文字通り全速力でもって木々の間を走り抜ける。
――待って。
僅かな違和感に立ち止まる。それは周りの状況ではなく、自身の中に感じた。
おかしい。なにか重大な事を自分は見落としているような気がする。
そこで気づいた。圧倒的な力、恐怖した力、それこそが自分の求めていた『悪』ではなかったのか。それこそ、全力を出さねば殺せないような相手を自分は探していたのではないのか。いや、そうではない。それほどの力のある相手ならば、自分の父を殺した真犯人に違いあるまい。
「そっか、そうなんだ。やっと、見つけた」
恐怖はもう無い。いや、僅かにあるかもしれないが、それを上回る歓喜があった。
こうしては居られない。喜びに体を震わせ、来た道を引き返そうと振り返った先に、
「もう逃げないのか?」
いつから其処にいたのか、冷たい目をした和装の男が立っていた。
「もう逃げないのか?」
追いついた先、急に引き返そうとした少女にいぶかしみながらも表には出さず、北胤は冷淡に告げる。
目の前に居る少女の名を、その顔立ちから判別する。佐々木祥子、8歳。魔剣士の能力者。
歳の割りに随分と大人びた印象を受ける。といっても精々10歳程度だが。
脱色すらしていない長い髪、飾り気の無い地味な服装、どこにでも居る子供といった感じだ。
北胤は迷い無く、戦闘者としての目で少女を睨んだ。幼い子供を打ち倒す事になっても心は揺るがない。少なくとも、今この場では。
同情も悲哀も、そんなもの戦いの中には不要な物として制御できる。
心を殺すのではなく、制御する。
幼い頃から力有る者として訓練を受けている北胤には、いまさらそんな事は呼吸をするくらい自然に出来る。
友を殺す事を強要され、それを成した時に比べれば、同族に暴力を振るう良心の呵責など容易く御す事が出来る。
「悪い、とは言わないぞ」
「貴方も、さっきの奴の仲間なのね。そう、そうなの」
追跡者に追いつかれたというのに少女の顔には恐怖が無い。さりとて、開き直っているわけでもない。その顔には、あまりに純粋な喜色が浮かんでいた。
何故、と思うが思考を止める。対象が何を考えていようと意味の無い事だ。
今から、この少女を叩きのめす。戦いのためのスイッチはとっくに入っている。
木槌を肩に担ぎ、気勢を充実させる。その空気を幼いながらにも嗅ぎ取ったのか、少女もその得物を構える。
アマチュアにしては異常な程の気迫が伝わってくる。少女の体が倍に見えるほどの物だ。
空気が凍てつき、肌が焼ける。
北胤は目の前の少女に対しての格付けを上げた。
少女の放つ威圧感は素人が出せるものではない。過去に何があったのか、何故これほどまでの気を放てるのか、知る由もないことだが子供と侮っては痛い目は見る。
――詫びよう。貴様が子供と思っていたことを。そして認めよう。貴様が1人の戦士であることを。
手加減は出来そうに無い。腕の1、2本は奪ってしまうかもしれないが、仕方がない。変に手加減などしようものなら此方が手痛いしっぺ返しを食らうだろう。そういう目を少女はしている。
1分が過ぎ、2分が過ぎる。
互いの手の内を探りあい、間合いを計り、相手にとっての致命的な一撃をいかに叩き込むか模索する。
先に仕掛けたのは少女の方だった。
大地を抉り猛スピードで北胤に迫る。その勢いは相手を食らい尽くすかのよう。その突撃を冷静に見つめ、間合いに入った瞬間に北胤は木槌を振り下ろした。岩をも容易く砕く一撃、当たればただではすまない。だが、その攻撃は虚しく空を切り、地面を穿つにとどまった。
目の前には笑みを浮かべる少女。北胤の攻撃が繰り出された瞬間、バックステップをして間合いから逃れたのだ。
再度強烈な踏み込み。武器を振るった直後でがら空きの北胤の懐めがけて横凪の一撃が振るわれる。人間には到底出せないような速度で少女の得物が迫る。
喰らえば内臓破裂だけでは済まないような一撃を前にしても、北胤は平静だった。すべて、予想の範囲内だから。
得物から手を離し、少女の死角へと大きく一歩踏み込んだ。
今度は少女の一撃が空を切る。
少女からすればいきなり相手が消えたように見えただろう。振りぬいた姿勢のまま、一瞬その動きが止まった。その一瞬だけで十分だった。
細い首筋を片手で握り、瞬時に絞め落とした。
くたり、と崩れ落ちる少女を抱きとめる。
確認するまでもなく少女の意識は無い。念の為にその手足を拘束してから抱え上げる。
戦闘者としてのスイッチを切って溜め息をつく。
「まったく、難儀な仕事じゃて」
彼女が何を思って正義の味方なんてものを名乗ったのか、知る術も無いことだが、確実なことが1つだけあった。子供ながらの憧れなどではない、という事。
何か明確な戦う理由というものがあり、それを成す為に剣を取ったのだろう。そして、その剣を取り上げたのは自分だ。
戦う理由なんて高尚な物は昔は考えなかった。考える暇も無かった。寝ても覚めても地獄のような訓練を施され、それが終わると今度は血で血を洗う化 け物との殺し合いがあった。ただ無心に、理由など考えもしなかった。だが、銀誓に来てそんな自分も戦う理由というものを手に入れることが出来た。今、自分 がこの力を剥奪されたら。そう思うととても人事とは思えなかった。
何かを成したいのにその力が無い。なまじその力が過去にあった分だけ、その無力感はひとしおだろう。
――恨まれる覚悟は出来ておるよ。
物言わぬ少女に心の中で語りかけながら、酷く重い足を引き摺るようにして集合場所へと向かう。
何故だか無性に、家の猫が恋しく感じた。
北胤編 了
今回は北胤編だぜ。
友殺し云々の話は北胤のブログに書いてあるイカれた北胤家の訓練内容から抜粋。ってぇかリビングデッドと友達になってからそれを殺せとかマジ、イカれた家だこと。コワヤコワヤ。
で、北胤の話はこんな感じになりました。感情を制御して、冷徹に任務を達成する男、そんなイメージ。けれどもスイッチを切った瞬間、色々考えて ちっと落ち込む、そんな感じ。完全に割り切っちまってもよかったと思うんだが、それはそれで人としてなんか悲しいかなぁとな。戦闘者である前に1人の人 間って奴なんだから色々考えるだろうと、こんな風に書いてみた。
ちなみに、一瞬で相手を絞め落とす技術ってのは実際にあるらしい。危険だから一般公開はしてないけどな。何度か絞め落とされた事が実際にあるが、あれを一瞬で出来るってのは人の技ってのはすげぇもんだと感心しちまうよな。