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 ニーチェは言った。深淵をのぞきこんでいると深淵もまた貴方をのぞいているだろう、と。彼の言葉通りならば、自分はいったいどれほどの闇に身を曝していたのだろう。

 男は一人、光も指さぬ廃屋で震える体をきつく抱きしめた。夜気による寒さからではない。日が落ちることで、また眠りについてしまうのではないかという恐怖が男を不安にさせていた。

眠りたくない。常ならば全てを忘れて安息のひとときに浸れる夢の世界が、今の男には死よりも尚恐ろしい。

――朝はまだか!

男は叫びをあげた。

届くことが無いことを知りつつも、信じてもいない神にすら縋った。

――朝っ! 朝っ!

アイツらは夜になると頻繁に動き出す。男を蝕みにやってくる。

必死に落ちそうになる瞼を開き、男は懐から錠剤を乱暴にとりだした。昨日、あるルートから無理をして手に入れた覚せい剤だ。バツだのなんだの、若者受けしそうな名前が付いていたようだが、男はすでにそんな瑣末ごとは覚えていない。

明らかに違法な薬物に対する躊躇いが一瞬よぎったが、それは荒波のような恐怖の前には小さすぎる禁忌だった。

ただ目が覚めればいい。朝まで起き続けていられれば、夜よりは多少ましに眠ることが出来る。

口に叩きつけるようにして薬を貪る。奥歯で噛み砕き、ごろごろと喉につかえさせながら無理やり嚥下した。

しばらくすると薬の効果は現れた。

全身の毛穴がすうっと開き、頭の芯がクリアーになる。

体がおこりにかかったように震えだすが、今度のそれは恐れからではなく体中に満ちる覚醒感に対する歓喜だ。

鼻の穴を大きく膨らませて荒い息をつく。

――嗚呼これで、今夜も乗り切れる。

安堵と喜色を満面に浮かべて男は笑うと、目の前で腐乱が始まった死体を見ないように食事を始めた。



くるくる狂う



梅雨入りを果たしたばかりのある日、窓を引っ切り無しに叩く雨音を背景にして一本槍風太と爬虫類顔の男は対面していた。

「今回のターゲットだ」

場所は開かずの間の1つに数えられている教室、正対している鉄面皮の教師からファイルを受け取った。

特に特徴らしい特徴もない平凡な男の顔写真と、諸岡伸治という名前、プロフィールが載っている。素早く目を通して異常に気がついた。

「おい、まだ生きてるじゃねぇか。しかも能力者でもねぇ」

一本槍が普段仕事として相手をするのは、学園から危険と判断された野良能力者(ハグレと呼ばれる)や、戦闘部隊を動かせないような理由でゴーストとなった者たちだ。ありていに言えば汚れ仕事だった。そういった経験から言うと、この対象はあまりにも異例だ。 

「その通り。彼はゴーストでも能力者でもない、ただの運命予報士だ」
「なんでそんな奴を」
「一本槍、質問は全部読んでからにしてもらえないか」

無感動に教師は質問を遮った。出来の悪い生徒を注意する時の教師の顔だ。

舌打ちをして、もう1度紙面に目を落とす。

通り一遍のプロフィールを流し読み、何故此方側であるはずの彼が学園から消される側に立ったのかを探す。2枚目の資料にそれはあった。

「殺し、か」

無味乾燥とした記述の中に、一般人2名を殺害という文字が踊った。対象の両親がその被害者だ。

冷静に事実だけを記述してあるレポート用紙には死体と現場の写真も載っていた。遺骸は無残の一言に尽きた。加害者は死体で遊ぶ高尚な趣味でもあったのか、記述された情報がなければ被害者が何人なのかも、男女の差異すら見つけられなかった。

猟奇的という文句がピッタリのこんな事件、マスコミがこぞって飛びつきそうなものだがニュースにはなっていない。つまり、

「夜逃げあたりか?」
「この不況下、珍しくもないだろう?」

この男が言うならば近い将来それは事実となる。真実はいつも闇の中だ。

「で、こいつは新手の能力者かなんかか?」
「そんな大物、君に回ってくる話じゃない事はわかってるだろう。彼はただの一般人だ。多少優秀な予報士であることを除けばな」
「そんな奴がなんで」
「知らんよ。そもそも知る必要も無い。彼は犯罪者で、なおかつ此方側の人間だ。警察に捕らえられていらぬ事を歌われては困る。ただ、それだけだ。君は黙って彼を処理してくれればいい」

味方でも邪魔になったら消すのかよ。そんな青臭いセリフは思いついたとしても一々口に出すことではない。わかりきった問答をするほど奇特な趣味を一本槍は持っていなかった。




情報が無い事には見つけようが無い。一本槍は空き教室を出ると、早速彼の知り合いである運命予報士や、クラスメイトたちに聞き込みを開始した。

「いい人ですよ、普通に。掃除の当番もサボらないし、成績も良かったんじゃないかな」

クラスメイトは特に重要なことは知らなかった。誰も彼もがいい人、まじめな人という評価を下し、それ以上の情報を吐かない。元から知らないのだろう。

能力者だけでなく、運命予報士もまた此方側の世界の住人だ。一般人との接触を極力控えるべし、という上の言いつけを守っていたのだろう。

クラスメイトへの聞き込みはこれ以上意味がないと5人目で切り上げ、次いで運命予報士にあたった。

今度こそはまともな情報を期待して、彼らの待機場所に向かったのだが、

「優秀な人ですよ。いつも私たちの予報の1歩先を行くというか……とにかく凄い人です」

彼らの情報も、クラスメイトたちの情報と大差なかった。

曰く、優秀な奴。曰く、使命感に燃える立派な予報士。ここまで完璧だと逆に胡散臭い。

「恋人とかいなかったのか? もしくは特に仲の良かった奴とか」
「うーん、そういった話は聞きませんね。なんていうか、孤高、とか一匹狼とか、そういった感じの人でしたから」

首を捻る予報士の少女はそこで、あっと声を上げると手を打った。

「仲がいいっていうのとは少し違うかもしれませんが、私たちよりは話してた人がいますよ」
「そいつの名前は?」




築云十年と経っていそうな古びた木造アパート。そこが、運命予報士が語った人物のネグラだった。

長い年月のため腐食した壁面や、足を乗せるたびに鈍った悲鳴を上げる階段、ちかちかと点滅を繰り返す廊下の裸電球が嫌でも目に付く。とても人が住んでいるようには見えない建物だったが、一応ここの203号室に求める人物は住んでいる、と学園のデータベースにはあった。

駄目で元々。もうすでに諦め気分で戸を叩いたものだから、返事が返ってきた時は純粋に驚いた。

「新聞も宗教の勧誘もお断りだ。綺麗な姉ちゃんだったら大歓迎だがな」

扉の向こうから妙に篭った笑いが響く。

「学園のモンだ。ちっと聞きたい事がある」

笑いがぴたりと止んだ。2、3秒、窺うような沈黙が降りた。

「入りな。鍵は開いてる」

立て付けが悪いのか何度も引っかかる扉を力任せに開ける。途端、むわりと質感を持った臭気が廊下に押し寄せた。

タバコと、アルコールと、男女の性臭が混じったすえた臭い。

慣れない者ならば吐き気をもよおす類の臭いだったが、一本槍にとってはなんという程でもない嗅ぎ慣れた物だ。そもそも悪臭というレベルで言えばゴーストの醸し出す甘ったるい臭いの方が数段暴力的だ。

一本槍は、1度強く鼻を擦ると室内に入っていった。

視界一杯にゴミが溢れていた。玄関がどこまでで、どこからが廊下なのかすら判別がつかなかった。仕方なく土足のまま上がる。求める人物は奥の部屋に居るようだ。

「てめぇはどこの外人だよ。ここは日本だぞ。靴脱げ靴」
「わりぃな。俺の繊細な足はこんな夢の島を歩くには向いてないんだわ」

部屋の中は廊下をさらに悪化させたゴミ溜めっぷりだった。弁当の容器や、タバコのパッケージ、ピザの箱、布団の周りに散らばっているのはくしゃくしゃに丸められたちり紙と使用済みコンドームだ。

男はその中、浮島のようにゴミが避けてある布団の上で横になって此方を見つめている。

中肉中背で、病的な青白さと落ち窪んだ目が特徴らしい特徴といった男だった。だらしなく弛緩した笑みを顔にはりつけて、蕩けた目をしている。1発何かを決めているのではないかと疑ってしまう。

「片付けられない症候群ってレベルじゃねぇぞ」
「初対面の相手にひげぇ言い草だね、アンタ。ま、明け透けな奴は嫌いじゃない。名乗んな」
「一本槍風太。上からの命令で調べ物をしてる。そっちは新村悟で間違いねぇな?」

あー、ともうーとも取れる返事をしながら、よっこらしょと新村が布団から起き上がる。

「予想はしてたが、アンタみたいな奴が来るって事は、ついに諸岡がやらかしたか」

いきなり此方の目的を当てられぎょっとした。

「どういうことだ」

一本槍の動揺っぷりがツボにはまったのか、喉の奥を鳴らすようにして新村が笑った。

「なあ、あんた、自分の臓物引っかきだされて、それを食わされた事ってあるか?」
「は?」
「眼窩に指つっこまれて視神経を引きずり出された時の喪失感は? 鼻に触手突っ込まれてじわじわと骨膜を破られた時の音を知ってるか?」
「何言ってんだ、おめぇ」
「わかんねぇよな? わっかるわけねぇよな? それが奴の原因だぜ。何やったかは知らねぇけどよぉ」
「日本語話せや。意味わかんねぇぞ」

男は不意に笑みを引っ込めた。変わり能面のような無表情が現れ、今までの享楽的な雰囲気がなりを潜めた。

『あの人はなんか、おかしいんです』

新村の情報をくれた予報士が言った言葉が脳裏をよぎった。

「アンタ運命予報士ってのはどういう仕事か知ってるか?」
「結界の綻びを発見するんだろ。んなこたあこっち側の人間なら誰でも知ってるぜ」
「10点」
「意味わかんねぇよ」
「想像力働かせなよ。綻びなんかが現れるって事はそこにゴーストやら来訪者やらの化け物が現れるわけだろ。で、そいつらは何する? そう、殺しだ」
「そらそうだろう」

応えはついつい簡素なものになった。

無表情のままべらべら喋る男は、かなり異様だ。ゴーストや、やり手の能力者にはない凄みがある。学園にはあまり居ないタイプの人間、繁華街やドヤ街でたまに見る人種に近い。

「にっぶい奴だね。予報士はな、そっから位置を特定する為のありとあらゆる情報を仔細に観察する。道路標識、街路樹、走ってる車のナンバープレート、それこそ何でもだ。でないと位置の特定なんてできないからな。さて問題です。そうやってじーっくり見なきゃいけない状態で、いやでも目に入っちまう、そして一番重要な情報ってなんでしょう」
「被害者、もしくは加害者か」

正解を当てられて気をよくしたのか、新村の顔面が喜色へと一気に歪んだ。

にちゃりと音を立てて笑い顔を作る。歯垢とヤニで黄色に染まりきった歯と、真っ赤に肥大化した歯茎がめだった。

「そう。人相やら格好、叫んでる内容は一番の情報だ。さあ、もう少し。今まさに殺されようと、殺そうとしてる連中を凝視してなにを感じると思う?」
「胸糞悪くなるな。発禁モノの映画みてぇなもんか」
「そうそう」

もはや手すら付きそうな勢いで新村が乗り出してくる。アルコールに濁った息が臭かった。確実に肝臓をやられている、そういった臭いだ。瞳は黄色く濁っていた。

「だったら、他の予報士全部がおめぇや諸岡みてぇになってもおかしくねぇんじゃねぇのか?」

顔をしかめてしまいそうなのを堪えながら思いついた疑問を口に出すと、途端に男の顔が悲観に塗りつぶされる。肩を落とし、顔を俯け今にも落涙しそうな勢いだ。

――信号機みてぇな奴だな。

呆れと怖れ混じりに男を観察する。この男は、もう違う、と経験が喚いた。

「他の連中はまぁカウンセリングと十分な休養が義務付けられてるからな」
「お前らは違った」
「ああ。千里眼、透視、まぁESP用語なんだがな。そういったもんに生まれつき向いてたんだろうな。俺らは他の連中より詳細に物が見える。見えるどころじゃねぇ。被害者、加害者に憑依してなにを考えてるか、感じてるか、全部わかっちまうのさ!」

それがどれほど恐ろしい事なのか、予報士でない一本槍には理解しようがなかった。

先ほど新村に言われた意味不明な言葉を思い出し、そういう意味か、と納得するだけだ。

「ここに来たってことは他の連中からも聞き込みしてきたんだろ? 奴ら、諸岡をどういってたよ」
「優秀な奴だ、1人きりなやつだってよ」
「そらそうだ。奴らが100人集まっても調べる事のできねぇ情報を俺らは一晩で手にいれる事ができる。奴は糞真面目だからよ、積極的に自分の能力を使ってつぶさに見たんだろうさ。毎日毎日毎日な。俺には耐えられねぇな。あれは夢だ。後味の糞悪い夢だって思えば多少マシになる。夢だと割り切って覚えようとしなければそんなに辛くもねぇ。ま、アンタみたいなのの世話になるってぇことは結局奴も耐えきれなかったのか」

長々と語って疲れたのか、新村はゴミの山からウィスキーのボトルを引っ張り出してらっぱ飲みしだした。

「知る、ってことは暴力になりえるんだぜ。肉体の傷ならいつか癒えるかもしれねぇ。だがな、ここ」

胸を骨ばった親指で指す。

「心って奴はな、傷ついたら一生残るんだ。じわじわと、血をだし膿んで、腐って。黒いなんかが溢れてくるんだ。そいつが暴れるのさ。俺をここから出せってな。内側から俺を突き破ろうと大暴れしやがるのさ!」

かっと目を見開くと、今度はタガが外れたように哄笑をあげた。急激な喜怒哀楽の変化。心のどこかが壊れてしまった連中に現れる症状の1つだと感じた。

付き合ってるとこっちまでおかしくなりそうだった。

「奴の居場所に心当たりは?」
「あるわけねぇよ。多少忠告を含めて話しかけた事はあるが、ソリが合わなくてな。ま、アイツがゴーストにでもなったら嫌でも見るんだろうがよぉ」
「そうかい。他になんか思い出す事があったらここに連絡してくれや」

それだけ聞ければもう用はない。名刺を布団の上に放ると部屋から出た。

動機は知れたが、結局のところフリダシから1歩も前進しなかった。とんだ無駄足だった。

――別口から行くか。

一本槍はさっさとゴミ屋敷から抜け出すと、夜の帳が下り始めた街へ向かった。





裏(といっても学園側ではなく一般的な裏社会だが)からアプローチした結果それらしい情報を手にいれた。

シャブを捌いていたチンピラが1人、2日前から消息が掴めなくなっているらしい。

高飛びや警察に挙げられた痕跡は見当たらない。

基本的に売人は売り物を持ち歩かない。パクられた時証拠になってしまうからだ。

通常は通風孔やら崩れた壁の内側といった、まず誰も目に留めない場所にいくつかに小分けにしておく。いざ客が来たときはそいつを保管場所まで招いて取引開始といく。

ところがその行方不明になった売人のテリトリー内には売り物が放置されたままだった。高飛びするなら貴重な収入源になるブツを置いていくとは考えにくい。かといって警察に挙げられたといった情報は入っていない。

最後に目撃されたのは2日前、駅前で若い男と話しをしていたらしい。顔まではわからなかったが、諸岡と背格好は一致した。

――ビンゴ、か。

取引中にトラブったか、なにかしたのだろう。新村の話が確かで、奴と同類とすると諸岡はすでに常人の理解を超えた存在だ。消息不明の売人の命も、たぶんもう絶望的だと判断した。

それよりもシャブに手をだしているという事が僥倖だ。

あれは一度手をだしたらもう抜け出せない。売人から奪ったクスリが切れ次第また別のブツを求めて出てくる可能性がある。

情報提供者であるヤクザ者に諸岡の最新の写真を渡す。

「売人連中にこいつに会ったら連絡くれって言っといてくれねぇか」
「こいつが犯人か?」
「たぶんな。面子もあるだろうが、下手に手を出さねぇほうがいいぞ。この件は俺が責任をもって始末をつける」

クスリに狂った人間は本当の意味で普通ではない。痛みは霞み、常識は便所で流され下水の底だ。アメリカのあるジャンキーは、拳銃弾を10発食らっても元気に警察に向けて反撃してきたという。

ヤクザ者もそれを理解しているのか、特に文句をつける事もなく一本槍を送り出した。




報告は、ヤクザからでも売人でもなく、新村から届いた。

「諸岡の夢を見た。詳しい情報が欲しいなら金もってきな」

また酒でも飲んでいたのだろう。ろれつの回らない声を受話器越しに聞くと、早速新村のアパートへと急いだ。

相変わらず新村の部屋は、今回はむせるほどの性交の残滓が漂っていた。原因であろう裸の女が新村の横で横になっていた。病的に痩せた女だ。肋骨、背骨、骨盤、ありとあらゆる骨が浮き彫りになっている裸体は、艶っぽさよりも痛ましさが強い。

「幾らだ」
「せっかちだね。まぁ話が早くて助かる、か」

新村がやれやれと首を振りながら指を突き出す。3本指が立っている。

「3万か」
「馬鹿言うなよ。10倍、30万だ。わざわざ俺がゲロ吐きながら見た夢だ。そんくらいの価値はあるだろうよ」
「高い。そもそも諸岡は人間だろ? どうしておめぇが見る事ができるんだよ」
「そらおめぇゴーストになったからだろうよ。上手い手だよなぁ。化け物の夢を見るのが苦痛なら、身も心も化け物になっちまえばいいなんてよ。真似はしたくねぇがな。女を抱けなくなっちまう。あれ、ゾンビならヤれるか。こりゃ一本取られたな!」

大口を開けて笑う。鼓膜が痛くなるほどの大音声だというのに、痩せすぎの女は身動きもしない。

「それだけ聞けりゃ十分だ。俺の死人嗅ぎで見つけてやるよ」
「鎌倉中を走り回ってか? いいけどよ、それまでに何人死ぬかねぇ」

ニタニタと下衆な笑いを浮かべ、傍らの女のろくに肉の付いていない尻を撫でた。

「正規の報酬は学園から出んじゃねぇのか? そもそもゴーストをほっといたら世界の終わりだぜ」
「アンチャン、俺はいっちゃってるが馬鹿じゃねえぜ。正規の報酬なんて出ない、だろう?」

探るような目、ではない。確信を持ったゆるぎない目で見つめてきた。

「世界の平和を守るなんていってる学園様が、運命予報士のゴーストなんて認めるわけねぇじゃねぇか。しかも理由が任務の末に狂いました、なんてな」

舌打ちをする。この男はどうしようもなく狂っているが、確かに馬鹿ではない。

「30だ。びた一文負けねぇよ」

時間がなかった。一般人への被害など一本槍は大して気にもしていないが、上はこれ以上の被害を良しとしないだろう。

――経費でどこまで落ちるか。

庶民的な考えをぶちながら、乱暴に数を数えて札束を突き出す。

「ほら、数えろ」
「ひーふーみー……っと毎度どうも。ほいじゃ神託を告げてやんよ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」




元諸岡の始末はあっけないほど簡単についた。

ゴーストとはいえ、成り立て。一応人肉は食らっているものの諸岡が生前殺した死肉であったためロクに能力も研がれていないらしい。

戦闘者として2流である一本槍でも片手間に殺せる相手だった。

「で、死体は処理班に引き渡して今頃はスープかミンチになって下水の中。よかったな。これでまた世界の平和は守られたぜ」
「ご苦労」

爬虫類顔の教師へ皮肉をたっぷり込めて報告をするが、常と同じく彼の顔面はピクリとも動かない。

「死因はオーバードーズ(薬物過剰摂取)、か」
「まぁ素人には良くある事だな。どうせ売人の言う事も聞かずにかっ食らったんだろうぜ」
「それでリビングデッドになった、と。まったく」

言葉にはしなかったが、2、3言、侮蔑の言葉が脳内に展開しているのだろう。

「一応いままで貢献してきた優等生様だぜ。ちったぁ悼んでやれよ」
「悼んでいるさ。彼は実に優秀だった。彼が亡くなったのは学園にとって重大な損失だよ」

やれやれと首を振るしぐさは、お気に入りのコップを割ってしまったくらいには悲しんでいるのかもしれない。

「ところで、最近予報士の精度があがってるらしいな」
「ああ、彼の残してくれたノウハウがあるからな。彼が亡くなったのは実に惜しいが、遺した物も確かにある」

この男はわかっているのだろうか。予報士たちを蝕む悪夢と、その恐怖を。

――理解してるんだろうな。 

寒気を伴った妙な確信があった。

気に入らない男だが、付き合いは学園に入ってから今まで絶えることなく続いている。大よその人となりくらいは把握していた。

――こいつは、俺らを殺し尽くしてででも、世界って幻想を守るつもりだ。

吐き気を覚えた。

新村を狂っていると断じたが、甘かった。狂っているという言葉は目の前の教師にこそふさわしい。

「次の諸岡が出るのも遅くない、か」
「さて」

そこで初めて男の顔面が表情を作った。

唇の両端をきゅっとつり上げた、亀裂じみた笑顔を。
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